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2008年10月

だからナニ?

 刑務所や拘置所には、ウンザリするほどの「見栄っ張り」な人がいます。特に新入の頃は、待ってましたとばかりに話しかけてくるので、本当に辟易しました。

自分は娑婆では偉い立場で何十人もの部下をアゴで使ってたんだぞーとか、隠し金がウン千万あるんだぞーとか、どこそこの通りを歩けばみんな挨拶してくるんだぞーとか、「娑婆に出たら面倒見てやろうか?」とか、もう出るわ出るわ、いかにも嘘っぽい自慢話。そういう話をする人に限って、何かトラブルがあったときに強く出られるとすぐにシュンとなっちゃったり、自慢話を突っ込まれるとシドロモドロになっちゃったり。私はそういうのを見ているのが好きでした。ちょっと性格悪いですかね・・・。

東京拘置所にいた頃、同じ部屋に自分をヤクザだと言う在日の人がいました。この人が非常にタチが悪く、デカいことばかり言うくせに、やることはセコくてどうしようもない。自分にお金が無いものだから、人の菓子を勝手に食べたり、届いたばかりの人の雑誌を「おう、貸せよ!」とか言って無理矢理持っていったり、まるでガキ大将。とてもじゃないけど「極道」には見えなかったです。本物の極道の人はセコいことなんて絶対にしないし、基本的にカタギ(ヤクザやチンピラではない人)に対して威張ったりせず、お金が無い人には日用品やお菓子を買ってあげたり分けてあげたりと、いろいろと面倒を見てました。本物じゃないから、くだらない嘘や見栄で自分を強く見せたいのでしょうが、それが裏目に出ている人ばかりでした。そのことに気付いてないところが、またおかしいんですけどね。

「○○組の誰それを知っている、飯を食いに行った」ということもよく言ってました。元サラリーマンの私に自慢したって、そんなこと知らねーっての。不良やヤンキーが「俺は○○先輩を知ってる」って言うのと同じです。私にしてみれば、刑務所の中で見栄張ってどうすんの?と思うことばかりでした。

女性関係で見栄を張る人も多かったです。「娑婆の女にマンション買ってやって、金もウン百万渡してあるから、俺が刑務所にいる間の生活は大丈夫だ」なんて言ってても、誰も面会に来ないし手紙もまったく来ない。何人かいたなー、こういう人。よくわかりません。

「能ある鷹は爪を隠す」ということわざは本当だなーと思いました。

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部屋割り

 黒羽は全国の刑務所の中でも、比較的独居の数が多い刑務所です。

各工場には独居も雑居もそれぞれ割り当てられています。障害を持っている、外国人受刑者である(みんなではありませんが)、宗教的な問題、病気の問題、老いてボケている、問題行動が多く他の受刑者から疎まれている、などの理由から集団生活には不適当だと判断された人が独居に入ります。数はそんなにいませんが、私のように中央計算などで秘密保持をさせる必要性がある受刑者も対象になります。

特に問題が無くても独居にいる人はいますが、空きが出来次第雑居に移されます。そういう人達は、雑居に空きができると「自分が雑居に移されるのでは?」とビクビクします。中には雑居のほうがいいと希望を出す人もいますが、希望しているからと言って部屋を変えることはほとんどありません。受刑者の希望をいちいち聞いていたらキリがないからです。

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月9ドラマ

 先程、新番組の月9ドラマを見ました。ご覧になった方、いるでしょうか?月9を見るのは数年ぶりです。

番組予告で刑務所での面会のシーンがあったので、見てみようと思いました。やっぱりこの手のドラマや映画は見てしまいますね。掘北真希さん演じる主人公の設定は映画「手紙」に似ています。兄の犯した犯罪(冤罪か?)のせいで差別され、地元を出て横浜のボロアパートで一人コンビニ弁当を食べるシーンでは涙が出そうになってしまいました。刑務所がらみのものには、やはり感情移入してしまうようです。

ドラマでは長野少年刑務所へ面会に行くシーンがありましたが、実際では長野県の少年刑務所は松本少年刑務所です。ま、そこはドラマですからね。

ラストのシーンで主人公の兄が同衆を殴り、刑務官にも暴力をふるっていました。ドラマの中では、それで仮釈放が無くなってしまうか先になってしまうんでしょうね。現実でも刑務官に対する暴力は厳罰になりますから、ありえない話ではありません。

刑務所がらみのドラマや映画は、現実との比較をしてみたり感情移入したりと、経験者ならではの独特の楽しみ方をして見ています。DVDで見た「刑務所の中」は結構リアルでした。

今回の月9ドラマは、きっと最終回まで見るでしょう。

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慣れ

 昨日、私の家に刑事が来ました。

私のことではないとは思いましたが、なんか嫌な気分でした。話を聞くと、今住んでいる家を建てるときに担当だった不動産会社の人間が詐欺で逮捕されたということでした。その人のことを聞きに来たのです。

経験上、被害額などを聞けば実刑になるのか、何年位になるのかわかってしまうのでそんな話もしようと思いましたが、そんなことに詳しい私の経歴を調べられてしまうのも嫌だったのでやめておきました。

自分の事件がある前と、警察に対する気持ちが明らかに違っていました。慣れてしまっていたのです。以前は警察官に対して恐れみたいなものがありましたが、今はまったくありません。警察に対して慣れてしまうというのもいかがなものかと思いますが・・・。

以前の自分とは変わっているということを、またまた実感する出来事でした。

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心痛

 ここ数日、学生時代の友人を街で見かけることが何故か多いのですが、やっぱり声をかけることはしませんし、気付かれないようにしています。本来であれば久しぶりに思い出話のひとつもするところですが、私にはできません。もし事件のことを知られていたらと思うと怖いから。

寂しいことですよ、とっても・・・。同窓会があっても、もう絶対に行けません。私のこの先の人生には、学生時代の思い出を話しながら一杯、なんてことはもう無い。そういうもんだと割り切るしかありません。なかなかできませんが・・・。

またまた罪の深さを痛感しています・・・。

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 私がいろいろなことを考える際、自分が元受刑者、前科持ちであることを前提として考えています。

自分のようなものがこんなこと言える立場じゃない、こんなことできるような立場じゃない、こんなこと望んではいけない、そういう風にいつでも考えています。でもそれは自分を卑下しているということではなく、自分を戒める為だと思っています。

家族や友人は「必要以上に自分を責めることはない」と言ってくれます。でも私は、自分を責めずにはいられません。それが自分に対しての罰だとも思っています。刑務所に入ったからと言って、それで償いが済んだとは思えないからです。

現在、自分自身の過去のせいで辛いと思うことがよくあります。でもそれはやっぱり自業自得なんです。身から出た錆ということなのでしょう。

何を言いたいのかわからなくなってきてしまいました・・・。

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教育的処遇日

 刑務所では第二、第四金曜日に「教育的処遇日」という日があります。私が入所した頃、4年ほど前から始まりました。この日は一般工場の受刑者は工場には出ず、部屋でビデオを観たり本を読んだりします。「受刑者の更正教育」が一応の目的ですが、「受刑者の増加による生産調整」が本当のところです。

起床時間は休日と同じです。午前9:00からビデオ視聴。NHKのドキュメンタリーが主です。それが終わると自主学習です。その間、法務省が作成した「過ちはもう再び・・・」などの元受刑者の手記がスピーカーから流されます。この時間は本を読んだりしてもいいのですがマンガはダメです。手紙も書いてはいけません。でも私は隠れてマンガも読んだし手紙も書いてました。

昼食後、またビデオ視聴と自主学習。午後4時頃に終了。

冬場は非常に辛いです。運動の時間以外はジッと座っていなければならないので寒くてたまらず、手や足の先が寒くて感覚が麻痺してしまうほどでした。

私にとって「教育的処遇日」はいらなかったです。

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